ここ最近のこと
ここ1週間ほど、ずっとブログを書きたいと思っていた。でもうまく書きたいこと、言葉がまとまらなかった。今日ようやく書きたいことがあれこれできたので、思うままに残そうと思う。
ところでこのブログ誰が読んでるんだろね。裏アカのフォロワーさん以外、どっかの知り合いが見つけてるかもしれない。まぁ気持ち悪いやつだと思ったままでいいです。そういうやつなので。
ここ最近はというと、車校に通ったり通えなかったり、バイトに行ったり行かなかったりしていた。1日たりともしにたいと思わなかった日はない。あとは過剰服薬する回数が増えたかな。
まあ病んでるっちゃ病んでる訳なんですけど。件の元恋人のことについて。この頃は、思い出したり辛くなったりすることが随分減った。以前はとなりに恋人がいても何かにつけて彼のことを思い出しては悲しくなっていたから、まあ時間の経過と共にってやつですかね。「時間が解決するよ」ってたくさん言われたけど、本当にその通りだと思います。こんな風に考えてしまうことを、今の恋人にはものすごく申し訳なく思っていたから、良かったと思える反面、あんなに好きだった元恋人への気持ちを忘れていくようで胸が痛かったりもしたり。自分勝手極まりないですね。
それよりは自己嫌悪が酷い。本当に自分のことが嫌いです。自分のことを可愛く大切に思っているところもある、そういうところを含めて本当に大嫌いです。そうじゃなきゃ自傷なんてしないけど。しにたい、よりは、こんな人間早くしんでしまわなければ、という方が大きい。
このブログは、誰かの目に触れるかもしれないし、誰にも公開しないかもしれない。分からんけども、あったこと辛いと思ったこと全部書き出してみる。
まず前提として、私は他人のことは簡単に傷つけるくせに自分は少しのことですぐ傷ついてくよくよします。
今年の夏は、東京に行った。部活の先輩から後輩まで、たくさんの人がいる飲み会に参加した。みんなもう私がどんな人間なのか知っていた、みんなあのツイートを見ていた。遠くで噂話する声も聞こえた、メンヘラなんでしょ?とも言われた。笑って言葉を濁して強がってやり過ごしたが、辛くて仕方なかった。やっぱりもう居場所はなかった。分かってる、自業自得です。その日のうちにしんでやろうかとも思ったけど、一緒にいる恋人に悪くて踏みとどまった。
大阪に戻ってきてからはずっと恋人と過ごしていた。彼には本当に本当に感謝している。あとでちゃんと遺書を書かなきゃ、と、それは置いといて。戻ってきてからは、希死念慮と自傷行為さえあれども、だらだらと生き続けてきた。部室に行きづらい、大好きだった楽器の練習を頑張れなくなったことが一番辛かったかな。
そんなこんなで今日です。ちょっとずつできることが増えてきたとは思っていたんだけど。久しぶりに、剥き出しの敵意に触れてしまった。分かってる、自業自得です。分かりやすく言えば、SNSにおける自分への悪口をたくさん目にしてしまったわけですよ。すみません、自業自得です分かってます。自分は散々他人を振り回して傷つけてきたのにね、いざ自分がちょっと言われるともうダメなんですよ。
過去何回かの自殺未遂を通して、自分は思っているよりも周りの人に心配されている、生きていてほしいと思われている、と感じたのだけど、それも自惚れだったのかもしれない。心配してくれたあの子も、面白がってただけなのかな。
まあ要するに、たくさんの敵意に触れて、あーやっぱりしぬべき人間だったな。すみませんのこのこと生きていて。という気分になっています。あーやっぱブログ公開して置いとこうかな。なんとなく。
嫌なことばっかり書いてもアレなので、嬉しかったこと。閉鎖病棟に入院していた親友と、久しぶりに連絡が取れました。お見舞いには行けなかったけど、変わらず話せて嬉しい。11月、会えるといいね。
そして、この先楽しみなこと。あるいは、楽しみだったけどな、と思っていること。
学園祭。恋人と過ごす冬。海外旅行。あれ、そんなもんだな。
とまあ今はご乱心しているのでブログは閉じて遺書かきます。お目汚し失礼いたしました。
好きになるというのは恐ろしい
自殺未遂をした8月のあの日のことを思い出しながら。
境界性パーソナリティ障害
自殺未遂について 2
はい、5回目か6回目の自殺未遂をしました。
前回までの自殺未遂の結果、どうしてちゃんと死ななかったんだろう、どうして他人に連絡なんかとったんだろうっていう気持ちでいっぱいだったから、今回こそは成功させてやると思ってました。
ずっと引きずってた元彼の家で幸せな時間を過ごして、もう思い残すことがなくなりました。幸せに死ねる、と思った。けど、実は彼氏がいることや別れた後に何人もの男と寝たことを、丁寧な言葉で理由も添えてLINEで説明したのに、何も伝わらなかった。散々罵声を浴びて、自殺の後押しになりました。
手首って本当にぶわって血出るんですね。いつのまにか浴槽が真っ赤で。手足が震えて冷たくて、なんか眠くなってきて、あーもうそろそろかなってなってきてました。
裏垢で状況を知ったいろんな人が電話をくれた。みんな止めようとしてくれたけど、止めようとは思わなくて、ごめん、ごめん、としか言えなかった。何より元彼にTwitterで私の自傷やODを全員に晒されたことで、もう生きてても生きる場所がないと思った。
今まで以上に血が出始めたところで、やっと少し怖くなって、救急車を呼ぼうかと思いました。でも前述したTwitterの件が死を囁いてきて。みんなごめんなさい、と思いながらLINEを見てて、やっぱり最後に彼氏に連絡しとこう、と思いました。
泣きながら電話して、Twitterのことも言って、元彼の家行くという最低なことをしていたのも告白したのに、一回会って話そうって言ってくれて。死んじゃう前にもう一回会いたいなと思った。そこで腕をお湯から引き上げて、救急車に乗って、今に至ります。
傷は深くはなかったし、胃洗浄も受けませんでした。
今までで一番死に近づいた自殺未遂でした。正直もう二度と自殺しようとはしないとは言えません。逆にリスカで死ねると分かってしまった。強くなりたいですね。生きづらい。
自殺未遂について
今年6月、私は自殺未遂をした。それも4,5度。他の人の経験からすれば自殺未遂に入らないほど軽いものだったのかもしれないけれども、備忘録として記録しておく。
備忘録と言えど、何回繰り返したか覚えていない。ODのせいだ。なんとなく覚えているのは、4日連続くらいでブロンをほとんど1瓶空けていた。多分最後にブロンODした時にはエスタックか何かも一緒に飲んで、130錠のODをした。それだけははっきり覚えている。
恐らくは風呂場でのカットが3〜4回、首吊りが1回だ。
どうやっていたのかは分からないけど、カットをしていた時は必ず誰かに知らせていた。遺言や謝罪のつもりだったのか、情けなくも助けてくれのSOSだったのか。恐らくは後者で、本当に周りには迷惑をかけたしみっともなかった。首吊りに至っては苦しさを感じたところで怖くなり、元彼の家に飛び込んで 死ねなかった、死ねなかった と泣きついた。
私は一人暮らしをしている。死のうと思えば簡単に死ねる。誰にも連絡を取らず、湯船に浸かって、水に溶ける絵の具みたいに染み広がっていく血をぼーっと眺めておけばよかったのだ。なぜ他人に連絡など取ったのだろう。
今は環境が変わった。大学の授業にも出られ始めたし、バイトも再開した。
でも、希死念慮は消えない。自殺未遂するに至った出来事を思い出すと今でも吐きそうになる。1人で人混みの中にいると騒音が異常に煩く、手の震えや吐き気や寒気に襲われることもある。カットは辞めたがODは相変わらず。
一体なぜ私は消えたいのだろうか。大事な人たちにまた迷惑をかけて、泣かせて、せっかく止めにきてくれた人たちを裏切って。状況は確実にいい方向に向かっているのに。(グレーではあるが)精神疾患も患っていないのに。なんて贅沢で自己中心的な人間なのだろう。
もしまた自殺に手を出すことがあったら、次は成功すると思う。おしまい。